2011年04月10日

4月のネイル

DSC_0033.jpg

逆境に負ないように。
自粛を目的にしないように。
春の息吹を感じられるように。


posted by しゅあ at 15:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

今頑張れ

2001年9月11日、私は学生でアメリカに居た。
朝、実家からの国際電話で起こされてTVを見ると、
映画の宣伝がやっていた。
飛行機がWTCに突っ込む映像が何度も流れ、
それを寝起きのボーとっした頭で見ながら、
ぎゃんぎゃん心配をする母親に、
「何で、日米同時タイミングでCM…え?…え?」

それから10年経って、
2011年3月11日14時46分、私は社会人で東京に居た。
東京の片隅の雑居ビルの1Fの古き良き喫茶店で、
雑談交じりの打ち合わせ。
途中で入った同僚からの連絡が、電波がよくないのか途切れがち。
…と、思ったら、揺れ始めた。
なかなか収まらない揺れの初期に慌てて電話を切った。
軽くパニックになる同僚の腕を、
外に飛び出さないようにつかんでいる私の腕も震えていた。

絶対に仙台だ!と思った。
本当に仙台だった…
会社のTVの前は人だかりで、
「あぁ!」とか「おぉ」とか「うぅ」とか、
母音が基本の感嘆詞が口々からこぼれ、
私は私のふるさとが津波に飲み込まれていく様を
その人だかりの後ろから見ていた。

思いの他冷静だった。
と、思っていた。

津波が次々と町を襲い、
多賀城で石油コンビナートが炎上し、
気仙沼で大火事が町を焼き払う。
私にできた事は、連絡のつかない家族友人にメールを送り続けること。
「津波だ!海沿いにいたら逃げて。高い建物の屋上へ。」
「多賀城で石油コンビナート爆発炎上。近づかないで」
「気仙沼で大火事。そこへは避難きびしいです」
「マスコミのヘリが飛んでる。取り残されてたら情報を屋上へ」
「元気ですか?生きてますか?」

次の日の夕方、家族と連絡が取れた。
有難う。
何に対してかわからないけど、そう思った。

やっと、書けるようになりました。続きを読む
posted by しゅあ at 10:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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